勇壮さに圧倒される2014年10月02日 13時24分24秒

もう10月ですね。昨日1日(水)は、新学期のカルチャーを2つこなしたあと国立劇場に行き、文化庁芸術祭のオープニング「伝統芸能の交流--日本・モンゴルの歌と踊り」というイベントに列席しました。前半が日本、後半がモンゴル(ビルグーン・オンダラガ歌舞団)による交流です。

こんなに面白いとは思いませんでした。大草原の隅々まで届けとでもいうように展開されるモンゴルの歌と楽器演奏は、勇壮そのもの。前半の日本音楽が農耕民族的・草食的だったのに比べると、騎馬民族の勢いと迫力が際立ちます。これは、相撲、負けますよね(笑)。男性パワーがあふれる中、女性の美しさもたいへんなものでした。

各民族が歴史と生活の中で築き上げた音楽文化はすごいなあという当たり前のことを、あらためて実感。間近で、雅子様を初めて拝見しました。

今日はこれから、新国立劇場の《パルジファル》です。

10月のイベント2014年09月29日 07時40分01秒

朝日カルチャー新学期についてご案内しましたが、その他のイベントについて補足しておきます。

「楽しいクラシックの会」(立川)は、《ニュルンベルクのマイスタージンガー》第3幕のその2、大詰めの部分を扱います。18日(土)の10:00~12:00、立川市錦学習館です。

4日(土)15:00からは、越谷市のサンシティ市民合唱団からいただいた場で、モンテヴェルディ《聖母マリアの夕べの祈り》についてレクチャーします。市民合唱団がこうした作品に取り組むことは、冒険ではありましょうが、嬉しいことです。

モンテヴェルディ《聖母マリアの夕べの祈り》には、実演もあります。10月26日(日)15:00から、一橋大学兼松講堂(国立市)の「音楽の森」シリーズのコンサートです。出演は、渡邊順生指揮のモンテヴェルディ・アンサンブル(声楽)とザ・バロックバンド(器楽)、ソリストはジョン・エルウィス、鈴木美登里、櫻田亮ら。なかなか顔ぶれの揃ったメンバーについては、こちらをご覧ください。http://jfn.josuikai.net/circle/josuiconcert/pdf/event26_k.pdf

私のプロデュースではありませんが、当日ナビゲーターを務め、字幕も提供します。ということは出演仲間なので、500円引きのチケットをご案内させてください。S席(指定)、A席・学生席(自由)のいずれも、コメントにアドレス付きでお申し込みいただければ、お送りいたします。よろしくお願いします。

朝日カルチャー新学期2014年09月25日 21時42分25秒

朝日カルチャーセンターが10月から新学期に入りますので、ご案内をしておきます。

今年は水曜日に隔週で新宿校に行き、10:00~12:00にワーグナー講座、13:00~15:00にバッハ講座を開いています。10月は、1日、15日、29日と3回もあります!

ワーグナーは《リング》が持ち越されましたので、全6回のうちの3回を、《神々の黄昏》第3幕に充てることにしました。うち最終回(29日)は、「《リング》総集編」と謳っています。

バッハは、1年かけた「ヨハネ受難曲徹底研究」が終わりましたので、今度は演奏に焦点を当てます。「古楽の楽しみ」で親しんでいただいているリレー演奏方式の名曲鑑賞を、講座でやってみます。

第1回:《ゴルトベルク変奏曲》、第2回:オルガン作品、第3回:無伴奏チェロ組曲(第1番、第5番)と組んでみました。いま《ゴルトベルク変奏曲》にどの演奏を使おうか考えているのですが、私のもっている音源はCD、DVD併せて86種類もあり、選ぶのがたいへん。受講生の方、ご期待ください。

横浜校は、長いこと、第4土曜(10月は25日です)13:00~15:00に出講してします。「エヴァンゲリスト」講座の演奏篇が終わり、今度はちくま学芸文庫の新著を使って、モーツァルト講座をやらせていただくことになりました。今期は、最初の3回でモーツァルトの生涯を見直し、残る3回で、「危機の時代」に焦点を当てます。第1回は、「天才としての少年期--その再総括」と題しています。

以上、どうぞよろしくお願いします。

増えてゆくもの2014年09月24日 11時18分54秒

かつての職場からは日に日に遠ざかるのみですが、接点が2つあります。1つは、送られた郵便の回送。いまだに国立音大に送る方がいらっしゃるので、手間をかけていただき、恐縮しています。

もう1つは、仕事を頼みたいので連絡先を教えてください、という問い合わせの類。これは、個人情報保護法ができてから発生した作業ですよね。教えていいか、という確認が私にあり、OKを出してから返事をするという手順を踏むので、担当の方の負担は大きく、申し訳のないことです。

にもかかわらず一方では、紳士録のような名簿の情報収集が、新聞社等々から、次々に回ってきます。こうしたところに名前を出してももう仕方がないと考えて放っておきますが、このようにして名簿を作ってもあとどうするのか、ということが、真面目に気になります。学会や関係団体の名簿はもちろん便利ですが、それは、次の名簿が出るまでの間のことです。

名簿や住所録はみだりに処分できないもののようですので、必然的に、手元に増えていく。不要なものを処分して身軽になりたい私としては、大いに困ることです。かといってシュレッダーにかける時間を取るのは、ばかばかしい。となると、処分できないものが一方ではどんどん作り出されている、ということになりますね、どこかで聞いたような話ですが・・・。

会議書類から平素の郵便まで、シュレッダー対応が望ましいものは、かぎりなくあります。世の人がどうしておられるのか、知りたいものです。

今月のCD2014年09月23日 06時44分36秒

サイトウ・キネン・フェスティバルの贅を尽くした公演(《ファルスタッフ》)を久々に満喫したところへ、2013年のライヴが出ました。ラヴェルの歌劇《こどもと魔法》。とても楽しめましたので、今月の特選盤とします(デッカ)。小澤征爾さんの復帰で話題を呼んだ公演です。

舞台写真は、ディズニーの『アリスの不思議な国』のよう。音楽は明晰にしてシャープ、時にエキゾティックで、洒落とユーモアがあります。密度の高い演奏の背後には小澤さんの目が鋭く光っている感じですが、そこに「童心」と呼びたいファンタジーが豊かにたたえられているのが、さすが。キャストはいつもながら、本場の一流揃いです。

対抗盤として考えたのは、ハイティンク指揮、バイエルン放送響によるシュトラウスの交響詩《ドン・キホーテ》(ソニー)です。ロマンと気品に満ちた演奏のおかげで、この曲が好きになりました。独奏はホルヌング、彼の弾くチェロ・ソナタが併録されています。

もうひとつ、今川映美子さんのシューベルト・ピアノ曲集(ALM)を挙げておきましょう。《幻想ソナタ》以下、音楽がみごとに流れていて、心地よく楽しめます。

今月の「古楽の楽しみ」2014年09月19日 22時34分58秒

今月は「古楽としてのモーツァルト」という特集にしました。朝の気分が、ずいぶん変わることでしょう。古楽様式による名演奏を集めてモーツァルトを見直す、という趣旨ですが、ちくま学芸文庫の『モーツァルト』で推薦した録音をいくつか出しましたので、それとの関連でも聴いていただけます。

22日(月)は、ピリオドのよく似合う、若い頃の作品を集めました。まずモテット《エクスルターテ・ユビラーテ》を、バーバラ・ボニー+ピノックで。次にホ短調のヴァイオリン・ソナタを、ポッジャー+クーパーで。いかにも古楽らしい、のびやかな演奏です。最後にニ長調のピアノ・ソナタK.311を、ベザイデンホウトのフォルテピアノで。モーツァルト時代より少し後の楽器を使っていて、表現力が豊かです。

23日(火)は、ザルツブルク時代の、もう少し大きな編成の曲を特集しました。フルート四重奏曲ニ長調を菅きよみ、鈴木秀美他で。次に《ポストホルン・セレナード》から3つの楽章を、鈴木秀美~リベラ・クラシカで。最後にヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲変ホ長調から第1楽章を、寺神戸+クイケンで。名曲ばかりですが、とくに協奏交響曲、偉大な作品ですね。全身が熱くなります。

24日(水)は《フィガロの結婚》の抜粋。もちろん、クルレンツィス指揮、ムジカエテルナの演奏です。現代的なグランド・スタイルとはまったく異なるアンサンブル重視のコンセプトで、その問題意識には、教えられること大。オペラ・ファンの方々にも、聴いていただきたいと思います。

25日(木)は、最後期の作品を中心に。フリーメーソン葬送音楽をブリュッヘンで、クラリネット協奏曲のバセットクラリネット版(新全集の復元稿)をW.マイヤー+アーノンクールで、未完の最終作、ホルン協奏曲ニ長調(従来の第1番)をモンゴメリとエイジ・オブ・インライトゥンメントで、《レクイエム》から私の好きな〈ドミネ・イェーズー・クリステ〉を、ブリュッヘンで。最後期の響きの感覚が、ピリオド楽器を通じてこそよみがえることを実感しました。とりわけ、長いこと忘れていたブリュッヘン/池袋ライヴのすばらしさに、驚かされました。追悼として捧げたいと思います。

いい演奏が、たくさんあります。モーツァルトがもっともっと、こういう演奏で聴かれるといいと思います。

《ヨハネ受難曲》リレー演奏2014年09月18日 10時11分59秒

1年間、牛歩のような進行に付き合っていただいた、朝日カルチャー新宿校の《ヨハネ受難曲》講座。最終回を迎えるにあたり、リレー演奏で全曲を聴こうという計画を立てました(注:《ヨハネ》に関する記事はたくさんありますが、カテゴリを新設します)。

選りすぐり、おいしいとこ取りで、5種類。レファレンスに使っていたガーディナー2003は外し、往年の演奏も外すことにして、新しい演奏の紹介を含めながら選抜することにしました。ところが、案外むずかしい。ああでもないこうでもないと、時間がかかってしまいました。

最終的な形はこうなりました。第1部はNo.1-9:ブリュッヘン1992、No.10-14:ブリュッヘン2010。第2部はNo.15-26:エガー2013、No.27-32:クイケン1987、No.33-40:レイトン(2010年代、詳細不明)。ブリュッヘン2010、エガー、レイトンは、最近購入したばかりのものです。

ブリュッヘンの旧盤は古楽のアプローチにより細部に分け入った名演奏ですが、新盤を視聴したところ好々爺然として、意外に印象が希薄。でもちゃんと聴いてみようということで、第1部を新旧の比較としました。印象は変化なしでした。

エガー~エンシェントは、今年オランダで聴いた《マタイ受難曲》の迫力がまざまざとよみがえる、渾身の演奏。来月の特選盤候補として残しておきます。このドラマ志向の演奏で裁判場面を聴き、十字架場面は、省察的なクイケンにバトンタッチ。締めは、豊かでバランスの取れた、レイトン~ポリフォニーの演奏(ハイペリオン)を選びました。

これもいいですよ。エヴァンゲリストはボストリッジなのですが、癖のある発音でときおり格調の崩れるのが残念。これは、エガー盤のギルクリストを取りたいと思います。

というわけで、充実の2時間でした。リレー演奏は音楽の聴き方として邪道、という考えもあることでしょう。CDだからこそありうる情報提供の形であるわけですが、乗り換えの違和感は、意外なほどなかったです。それぞれの演奏が、異なった角度からであれ、作品にしっかり向かっていたからだと思います。

「和」に学ぶ2014年09月16日 14時50分08秒

13日(土)のいずみホールは、今藤政太郎プロデュース「和の音を紡ぐ」。長唄『吾妻八景』『勧進帳』を中心とする、日本伝統音楽の公演でした。

洋楽のホールにこうした公演が入ると、雰囲気ががらりと変わります。お客様に和装の方が多く、舞妓さんの姿が見えるのも、邦楽ならでは。出演の方々の礼儀正しさ、舞台上に一糸乱れず正座して気迫をみなぎらせる所作も、洋楽には見られないものです。でもこうした「礼」のありようが、本当の日本なのですね。

今藤政太郎、宮田哲男両人間国宝に率いられた演奏の透徹したみごとさは、並の洋楽では太刀打ちできないほどすばらしいものでした。私があらためて痛感したのは、日本人の音感覚・言語感覚を極限まで磨き上げたこうした芸術を、本当に大事にして、伝えていかなくてはならない、ということです。なぜなら、古いものの探究にこそ、気高さがあるからです。

今藤先生のオリジナル《舟と琴》は、古事記の一節をテキストにしています。仁徳天皇の御代に、高い樹があった。それを切って舟にしたところ、枯野(からの)という、きわめて速い舟になった。壊れたその舟を焼いて残り木から琴を作ったところ、「その音七つの里に響(とよ)みき」ということで、5行の詩が添えられています。その日本語が素朴でおおらかで、本当に心に染みる。それが多彩な和楽器の響きを交えて、写実的に音楽化されているのです。

現代文明に浮かれるだけではわからない古代の尊さを、洋楽の人たちにも知っていただきたいと思います。舞台写真がなくて残念ですが、楽屋でのツーショットを2点掲載します。


笙と竿で出演された東野珠実さん。国立音大出身。


政太郎先生から国立音大の三味線クラスを受け継がれ、学生の支持も絶大の今藤長龍郎さん。ちなみに、私の身長は170cmです。


外国語を打つキーボード2014年09月12日 23時56分46秒

世の中で起こることには、すべて、理由がありますね。

あるときから、なぜか、パソコンが立ち上がると同時にソフト・キーボードが立ち上がるようになってしまいました。このため、最初に行う仕事は毎日、ソフト・キーボードの終了。いずれ、ちゃんと処理しようと思っていました。

ところで、Windowsは、世界の諸言語をダウンロードして、キーボードで打つことができます。私の場合はドイツ語のキーボードをよく使い、イタリア語、フランス語、そしてギリシャ語のキーボードを切り替えて使えるようになっています。ウムラウト、アクサンなどを便利に使うには、その国のキーボードに限ります。

ただ問題は、キーボードの配列が違うことです。記号はとくにまったく違いますので、いろいろ試してみて、探せたり、探せなかったりということを繰り返していました。だから使わない、という方も、いらっしゃるのではないでしょうか。

ところが、ふとしたことから、言語設定に対応してソフト・キーボードも変化する、と気付いたのですね。それなら、ソフト・キーボードを立ち上げれば何をどこで打つかわかりますし、プリント・スクリーンで画面を保存し、それをプリントアウトすることで、マニュアル代わりにすることができます。

熟練した方には当たり前のことなのでしょうが、私には発見でした。知らなかったとおっしゃる方、ぜひお試しください。

必読の「論文論」2014年09月09日 23時59分40秒

私がもっとも尊敬する先輩にして友人、佐々木健一さんが、すばらしい本を出されました。題して『論文ゼミナール』(東京大学出版会、2300円+税)。第一部「論文を書くとはどういう経験か--原理篇」、第二部「論文を書く--実践篇」から成り、「卒業論文を書く人」が、主要な読者としてイメージされています。

抜きんでた力量をもち、たくさんの良質な論文を書いて来られた方が、円熟の境地に至って綴る、論文論。それは当然、論文をどう書くかを超えて、論文とは何か、学問はどうあるべきかの、学問論になっていきます。

ですから著者は、この本を「自由な哲学的エッセイ」と呼んでいます。積み重ねられた経験と、透徹した大局観と、なにもそこまでと思うほど誠実な態度によって綴られたこの本を、私は大きな感動をもって読みました。私は、この本に書かれている知見のすべてを、実感をもって理解することができます。なぜ著者がこの本をお書きになりたかったかも、理解したつもりです。そして、記述のほとんどすべてに、心から共感します。しかしそれは、私の書くものが佐々木さんの要求をすべて満たしている、ということではありません。きっと、それは私の限界だろうと思います。

こういう方と学問領域において出会い、個人的な交遊も賜ったことは何と幸せなことだったのだろうかと思います。そこまで言うかとお思いになった方は、どうぞ本を手にとってお読みください。これから論文を書こうとされる方は、もちろんのことです。