高貴なるバッハ2018年01月26日 08時34分27秒

24日、25日と、いずみホールでイザベル・ファウストのバッハ無伴奏全曲。1日目がソナタ1番、パルティータ1番、ソナタ2番。2日目がパルティータ3番、ソナタ3番、パルティータ2番というプログラムで、どちらも休憩なしでした。

演奏は自我の露出を慎み、作品をもって語らせるというやり方。すみずみまで高貴に磨かれており、ポリフォニーになるところの声部共在の美しさ、発信力には驚かされました。人間的にも明るく温かい方で、お客様の反応をとても喜んでおられます。ホールの大事なアーチスト、また戻ってきていただきたいです。

昨夜ゲームをやって就寝したら、ゲームの先々で蛇がたくさん湧いてくる夢をみました。こういう夢、縁起はどうなんでしょうね。

今日は博士論文の口述試験です。これでもう試験はないなあ、と喜んだのはどのぐらい前だったでしょうか。意外の機会を得て、気持ちはとても前向きです。専門の先生方から、いろいろお教えを受けてまいります。

パソコン新環境良し悪し2018年01月22日 23時10分05秒

雪ですね。出勤の方、お疲れ様でした。明日の新幹線を心配していますが、別の話を。

昨年末、6年ぶりぐらいでしょうか、パソコンを買いました。昔は、いつも新機種が欲しくて仕方がなかった、パソコン。最近はそういう欲求を感じなくなり、不便を感じることもなかったのですが、たまには作業を活性化させたいと思い、売り場に行ってみました。

すると、売り場が以前とまったく変わっていることがわかりました。欲しいものがないのです。それはどういう意味かというと、売り場がノートパソコンに占められ、デスクトップがほとんど見当たらない。やっと探し出すと、国内メーカーは揃って撤退しているとかで、海外ブランドがちょぼちょぼと置いてあるのでした。

これにはびっくり。なぜなら私は、効率のいい仕事はデスクトップでないとできないと思いこんでいたからです。売り場の状況を見るかぎり、皆さんノートパソコンで仕事をして、ほとんど問題を感じていない、ということですよね。まあ私のノートが携帯用のレッツノートなので、比較はできませんが・・・。

昔はスペックにこだわり、先進機能満載のものを注文していました。しかし今は知識も仕入れておらず、取っている日経パソコンも読まずで、たぶん半額で同機能ぐらいだろうと見当をつけ、10万円に満たないレノボのマシンを購入しました。家で比べたら、性能は古いマウスコンピューターのマシンの方が上(笑)。何のために買ったのかわかりません。

なぜそのマシンに決めたのかというと、この型番にだけ、Officeが付いていたからです。ノートを買ったときにいらないだろうとOffice抜きにしたら、やっぱりそうではないのですね。後で買うことになりました。新マシンに付いていたのは、年ごとに契約を更新するOffice365。結果としてWordが3種類、併存することになりました。メインマシンの2010、ノートの2016、新マシンの365です。

比べると、進歩していると実感します。博論のような複雑な文書の作成には、相当便利です。新マシンにはそれなりに速さもあるので、仕事によって使い分けることにしました。

ついでにATOKを、2017に。しかし、長年蓄積したユーザー辞書をうっかり初期化してしまい、全部入れ直しています。トホホの作業です。

心澄みわたる短編集2018年01月19日 22時30分24秒

女性の小説ばかり読んでいた昨今でしたが、男性のすばらしい本に出会いました。浅田次郎さんの『神坐す(います)山の物語』(双葉文庫)です。

登山小説かなと思ったら、さにあらず。御岳山の神官の家に育った著者が、伯母さんから聞いた昔話が連作形式で綴られています。

私は国木田独歩の『武蔵野』を読んだときに、明治の作家の文章はなんとすごいのだろう、と驚嘆したことがありますが、その記憶が蘇りました。私には出てこない、しかし存在したことは知っている美しい日本語の語彙が次から次へとあらわれ、かつての聖山での出来事が、神韻渺々と描き出されていくのですね。別世界に誘われ、心洗われる思いで読み進めました。私より若い著者にこういう日本語が伝えられていて、うれしかったです。

神社と言えば、殺人事件で参拝客が減っている神社のニュースが流れていましたよね。マイクを向けられた人の中に、「神様に責任はないわけだから」とおっしゃった方がいて、その洒落に脱帽。神様に責任があるかどうかを人間が決める時代になったんだなあ、としみじみした気持ちになりました。

合唱の明るい未来2018年01月15日 23時44分30秒

埼玉ヴォーカルアンサンブルコンテストが始まり、寒い日曜日、久喜に行ってきました。概要は公式の発表に譲るとして、とても印象に残ったことを1つ、ご報告します。

これは少人数のアカペラ合唱を競うというコンテストです。この日はジュニア5団体、中学校41団体が出演しました。その中学校の部の中に、3つ、指揮者なしで生徒が歌った合唱団がありました。いずれも女声です。

うち2つが、蕨第一中学校でした。いつも熱心な学校ですが、いつからこうした試みを始めたか、存じません。しかしその成果は、画期的とも思えるものでした。もちろん、裏に回っての先生のご指導があってのことだと思います。

中学生の合唱は、当然ながら、指揮者の役割が大きくなります。結果として、指揮者の指示通りに歌っているが、生徒間の連携はとれていないし、取ろうとも思っていない、という傾向があり、コメントに何度も、他の人の歌を聴きましょう、と書いていました。ところが蕨の合唱団は、お互いに聴き合い確かめ合いながら、生きたハーモニーを、自発的に作り出していったのです。その柔軟性に私は驚き、これこそ中学生の合唱だよなあ、と感激してしまったのでした。

蕨第一中学は、合唱団をABの2つに分け、同じ曲を歌いました。そうするとたいていは、レベル差が生じるものです。

ところがこのABにはそれがなく、どちらも生徒同士の連携で歌いながら、はっきり個性のある方向を目指していました。それぞれにまとまりができ勢いが出て、向上していったのだと思います。

結果的に、揃って金賞。ということは、審査の先生方が高く評価されたということですよね。これもすごいことだなあと、私は思いました。なぜなら、自身が指揮者である先生方は、ここはこう指導したい、指揮者がいればこれは避けられたのに、と感じられて当然だと私は思うからです。

そういう中で審査委員長をさせていただき、合唱の未来を楽しみにしながら帰路についた私でした。指揮者がいて、生徒がなおかつそうなっている、ということになればすばらしいし、それは可能だと思います。

私の年末年始2018年01月12日 08時14分08秒

皆様の年末年始は、いかがだったでしょうか。私には、外に出る仕事のない期間が、いつになく長くありました。

そこで決行したのが、片付けです。論文にかかり切りだった間に、あちこちで使ったCD、NHKから戻ってきたCDなどが積み上がってしまい、その都度探さなければいけない状態になっていたからです。

積み上がった1枚1枚をもとの場所に戻す、登録していないものがあれば登録する、というのは、とても根気のいる作業です。疲れたときにはできません。しかし、積み上がっているものを受け入れる場所がすでになく、その配列にも、仕事の現状からして不合理を感じるようになっていました。

そこで、これまで貯めに貯め、蓄えに蓄えたCDを、残りの人生の長さに照らして、大幅に削減することにしました。その主たる対象は、同曲異演がたくさんある著名曲。自分なりに基準を作って、万一必要になったらまた買おう、というぐらいの気持ちで行いました。

残したのは、もちろん仕事や勉強の上で必要なもの。音楽史、バロック、バッハとモーツァルト、オペラ、宗教音楽、希少なもの、そして現代音楽は、ほとんど残しました。

ケースなしのCDをぎっしり入れた袋群を寝室に並べ、棚の配置を転換。この作業を本へ、楽譜へ、書類へと広げていきたいわけですが、タイムリミットがやってきて、混乱を残したまま中断しています。再開は、相当先になりそうです。

なぜかというと、年明けから、博士論文を本にする作業に取りかかったからです。情報の集合体を読み物にするわけなので、分量を半減させ、内容を緊密化させるのが目標。字数に合わせて原稿を短くするのはいつもやっている作業でもあるので、すらすら進められるように思っていました。

ところが、そんなものではないのですね。何回も読み直しながら、少しずつ削るしか、方法はないことがわかりました。要するに、短い原稿に対してやることと同じです。

全体をにらみ、削除できる部分、簡略化できる部分に見当を付ける。実行に移して、文章を磨き直す。翌日、基準を上げて(=あきらめるところを増やして)同じことを繰り返す。このようにしてじりじりと減らし、目標はまだずいぶん先、という状況です。

その過程で、論文にミスや勘違い、改良すべき点があちこちにあることがわかってきました。口述試験は月末、完成形の提出もこれからですから、これは良かったです。

しかし、必要なのは時間です。論文追い込み期のような状況がいまふたたび現れているのですが、仕事のない時期はもう終わるので、長期戦に切り替えざるを得ません。そんなことが今の自分にできるのか、不安です。

1月のイベント2018年01月09日 21時27分19秒

再びご案内です。1月のイベントは、この週末から始まります。

朝日カルチャー横浜校のモーツァルト講座が、今月は第4週から第2週に移動しています。内容はモーツァルト《ハ短調ミサ曲》の第2回で、その後半です。

移動の理由は、埼玉ヴォーカルアンサンブルコンテストの審査員をするためです。コンテストは、室内合唱が楽しめる催し。14日、27日、28日に久喜で行われます。大学生の時住んでいた蓮田の近くです。

17日と31日(水)が朝日カルチャー新宿校。10:00からの「オペラ史初めから」が「ウィーンのバロック・オペラ」と「ハンブルクのバロック・オペラ」、13:00からの「新バッハ作品探訪」が、「マルコ福音書とカンタータ」、および「マタイ福音書とカンタータ」となります。今期は、4つの福音書の違いがカンタータにどう反映されているかをテーマとします。

20日(土)は立川の「たのくら」で、私の意外と好きなヤナーチェクを取り上げます(《死者の家から》)。

いずみホールでは、23日(火)と24日(水)に、イザベル・ファウストのバッハ無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータの全曲コンサートを行います。私も参りますのでお会いしましょう!

新年の「古楽の楽しみ」--祈りを集めて2018年01月05日 21時52分29秒

年頭にあたりふさわしい企画を、と考えましたが、日本のお正月にばっちりはまる古楽は思い当たりません。そこで、1月は、「祈り」の音楽を特集しました。宗派を超えたイメージで聴いていただければと思います。

8日(月)は、「祝福の祈り」です。祝福の祈りがテキストにたくさん出てくるのは、詩篇曲。クロード・ル・ジューヌ、シュッツ、ヨハン・ルートヴィヒ・バッハの詩篇曲をまず聴き、ヨハン・ルートヴィヒ・バッハのカンタータを経て、バッハ《ロ短調ミサ曲》の〈ベネティクトゥス〉+〈オザンナ〉で締めくくります。ルートヴィヒのカンタータはバッハがライプツィヒの礼拝で上演したもので、たしかにそれに値する作品です。

9日(火)は、「平和の祈り」。これは事実上、三十年戦争とヴェストファーレン条約にかかわる作品の特集になりました。作曲者はキンダーマン、シュターデン、ヴィートマン、シュッツ、ヘルプストで、嘆きの曲と喜びの曲が、歴然としたコントラストで並んでいます。勇士グスタフ・アドルフの死に捧げる曲も2曲。締めはもちろん、《ロ短調ミサ曲》の〈ドーナ・ノービス〉です。

10日(水)は、「憐れみの祈り」。このレパートリーは、古楽には豊かです。詩篇のテキストによるラッスス、ドゥラランド、バッハ(=ペルゴレージ《スターバト・マーテルの編曲)の作品を一部抜粋の形でご紹介し、最後を《ロ短調ミサ曲》の〈アニュス・デイ〉で締めくくります。

11日(木)は、「快癒の祈り」。このテーマに特化した作品はありそうで少なく、選曲に苦労しました。最終的なプログラムは、ヴェックマンのモテット、クーナウの聖書ソナタから(第4番〈瀕死のヒゼキヤとその快癒〉、ハマーシュミットの詩篇曲、バッハのカンタータ第25番(この世を病院にたとえる)、《ヨハネ受難曲》第2稿の冒頭合唱曲となりました。

12日(金)は、「安らぎの祈り」。ラテン語の「パークスpax」は平和とも平安・安らぎとも訳せますが、死と向き合う内面指向の曲をこちらに集めました。ジョン・シェパードのレスポンソリウムのあと、シメオン頌歌を4曲(パレストリーナ、バード、クリストフ・ヴェルナー、ブクステフーデ)。シメオン頌歌はコラールにもなっていますので、こちらはバッハの和声付けと、ブクステフーデのカンタータで。最後に、イエスの慰めの言葉に付曲したヴェックマンのバス独唱カンタータを置きました。

こうご案内してみると、とんでもなく地味な週になりそうです。しかししみじみと心に染みる曲がいくつもありますので、気軽にお聴きください。いくつかの新録音を含めて、演奏には適材適所を心がけました。

2018年を迎えて2018年01月04日 00時17分35秒

皆様、明けましておめでとうございます。年賀状はこれから投函するところですが、こちらで先にご挨拶いたします。皆様のご訪問、たいへんにありがたく、今年もどうぞよろしくお願いします。

2018年の目標や仕事の計画を、あらましお伝えさせてください。今年の最大の目標は、提出した博士論文に基づいて(その成否はともかくとして)、《ヨハネ受難曲》に関する著作を出版することです。同時に、旧著『マタイ受難曲』の改訂版を準備します。ヨハネ研究を通じて得た知見を、マタイにも及ぼしたい、という思いからです。詳細については、進展をお待ちください。

《ヨハネ受難曲》に関する連続講座は、早稲田エクステンションセンター中野校で、春秋の通年でやることにしました。朝日カルチャーの横浜校では、モーツァルト講座を続けます。新宿校では、バッハのカンタータを系統立ててやろうかと考えているところです。今年のライプツィヒ・バッハ祭もカンタータがテーマですが、藝関連のシンポジウムと重ならないことがわかりましたので、朝日旅行社のツアーに参加することにしました。

合唱コンクールの審査は今年も入っており、全国大会も含まれています。積んできた経験をなんとか生かせれば、という気持ちです。

いずみホールの2018年度には、好きな方には驚いていただけるような勝負企画を準備しました。発表が楽しみです!

2017年を回顧する2017年12月31日 00時05分29秒

毎年自分なりの10大ニュースをまとめていますが、今年は順位でなく、時間軸で整理することにしました。もちろん1位は、博士論文を書いたことです。しかしそれ以外には、順位をつけることがむずかしいのです。

(1)この3月で、聖心女子大・國學院・ICUの非常勤講師を退任。大学での授業は、すべて終了しました。(ずいぶん前のことのような気がします。)

(2)6月10日に、藝術学関連学会連合のシンポジウムを神戸で開催。来年6月にもう一度開催して、会長を退任します。

(3)その翌日から、ライプツィヒ・バッハ祭へ。モンテヴェルディの《ヴェスプロ》が頂点をなす音楽祭を同行の方々と満喫し、その後、北ドイツの北海沿岸を訪れました。

(4)NHKの「古楽の楽しみ」、今年は音楽史を広く見る特集を多くやりました。もっとも印象に残っているのは、6月の聖母マリア特集です。

(5)6月に雄犬「陸」が死に、7月に雌犬「レーナ」がやってきました。バッハと同じ誕生日だけあって、勤勉・努力型の犬であると感じます。彼女が最近熱中していることがあり、またご報告します。

(6)9月、大阪のいずみホールで、「ウィーン・ムジークフェスト」を開催。実力派のピアニスト、ブーフビンダー氏の際立った存在感により、充実の催しになりました。

(7)10月上旬に博士論文「バッハの《ヨハネ受難曲》―その前提、環境、変遷とメッセージ」を完成、提出しました。審査は年明けになります。大詰めの8月、9月は机に向かって集中する日々でした。

(8)朝日カルチャーの仕事を新宿と横浜でたくさんさせていただきましたが、10月から早稲田のエクステンションセンターに出講、上智大学のシンポジウムにも参加しました。毎回配付資料を作成し、できるかぎり準備して臨みました。

(9)全日本合唱コンクール全国大会の審査員を、10月に大阪、11月に東京で務めました。至りませんが、熊本、新潟の県大会にも初めてお邪魔しました。

(10)12月10日、15年続けたすざかバッハの会の連続講義にピリオドを打ちました。子供の頃を過ごした千曲川沿岸を定期的に訪れ、ずいぶん命の洗濯をさせていただきました。

こうして回顧すると、今年も大切な年だったなあと思います。お世話になった多くの方々に、心より御礼申し上げます。皆様、どうぞよいお年をお迎えください。

オペラ史の概念をくつがえす--今月のCD2017年12月28日 21時27分24秒

今月はすばらしいものがありました。ラファエル・ピションとピグマリオンが、「愛の蕩尽!」と題して、フィレンツェ・メディチ家の祝宴でオペラがまさに花開こうとする瞬間を復元したのです。今年のライプツィヒにおけるモンテヴェルディ《聖母マリアの夕べの祈り》の感動をまざまざと蘇らせる圧巻の出来映えで、本当のオペラはモンテヴェルディから、という認識に修正を迫ってきます。

1589年に上演された『ラ・ペレグリーナ』というドラマの幕間劇をベースに、由来さまざまな音楽を創造的に組み合わせて、4つの音楽劇が生み出されています。題して、「愛の帝国」「アポロの物語」「オルフェウスの涙」「高貴な恋人たちのバレエ」。

作曲家はファンティーニ、カッチーニ、マレンツィオ、マルヴェッツィ、ガリアーノ、ペーリ、カヴァリエーリ・・などなどの人たちで、ただ、モンテヴェルディだけがいない。しかし音楽はほとばしるような生気にあふれ、気宇壮大で、和声感も見事。この思い切りのよさこそ、古楽の最先端なのです。

カッチーニやペーリはいままでミニアチュアのように思っていましたが、それが古楽的でありながら、壮麗といいたいほど立派に聞こえるのですね。どの時代の音楽にもそれ自身のベストがあって、演奏によってそれが少しずつ発見されているのだ、という感じがします。

リュリ以前のフランスの音楽劇を再現したドセのCDで、似たようなことを書きました。同じハルモニアムンディの、縦長ケースのシリーズに属する新譜です。詳細な台本と解説の詳細な日本語訳がついていますから、ぜひお薦めします。