エッセイスト新発見2014年03月17日 09時55分16秒

週刊誌の連載は、さぞ大変でしょう。毎回感心して読むものもあれば、だんだん読まなくなってしまうものもある。逆に、少しずつ引き込まれて、いつしか愛読、というエッセイも存在します。そのようにして発見した書き手が、酒井順子さんでした。

周囲への鋭利な観察が、ですます調のやわらかい文体に乗って、リズムよく流れていく。読むうちに、直感あり。この方の文章は、三島由紀夫の影響を受けているのではないか、と。私もずっと昔熱中していましたから、ピンと来るものがありました。

そうしたら、手に取った文庫本に、三島がたくさん登場するのですね。『制服概論』、『着ればわかる!』と読みましたが、じつに面白い。着るものを素材に、あるいは着るという体験を素材に、よくこれだけのことが書けるものだと、驚いてしまいます。三島の『不道徳教育講座』を連想するところもありますが、もちろん武張ったところのない、女性の文章。いま『金閣寺の燃やし方』というのを読んでおります(笑)。

芸術と人生2014年01月14日 06時43分44秒

佐藤愛子さんの『血脈』、分厚い3巻本なので躊躇しつつ手に取り、第1巻を、休み休みですが読了しました。いや、たいへんな迫力です。

ストーリーの迫力もありますが、それ以上に、人間模様の迫力がすごい。「生きざま」という言葉はこういうことのためにあるのか、という感じです。主人公佐藤紅緑(父君)の男性像は、中でも圧巻です。

しかし小説家は、自分の家族のことをよくここまで書けるものですね。普通なら人に言いたくないこと、忘れてしまいたいことが、全部書いてあるわけですから。とうてい、まねができません。

サトウハチローさんは私が子供の頃よくラジオに出ておられた方で、私はその詩が大好きです。『血脈』にもたくさん引用されています。わずかの言葉に凝縮され、透明でやさしいその詩が、阿鼻叫喚の人間模様の中に出現するギャップをどうとらえたらいいか。あの詩からこの人生を読み取れる人はいるでしょうか。

しかしこれが芸術と人生の関係だ、という感じも強くします。おとなしく生きていたら、ああいう詩は生まれない、ということなのですね。

詩的時間2013年11月29日 08時10分19秒

詩を愉しむ心を、もちませんでした。学校でも、詩を作りなさいと言われると、まったくダメ。恥ずかしかったのです。今思うと、そこに、詩の力があった。詩は心の中をそのまま映し出してしまうので、恥ずかしく感じたわけでしょうから。不思議ですが、和歌と俳句は、一貫して好きでした。

縁あって長田弘さんの『奇跡-ミラクル-』という詩集を読み、目を開かれました。私はさまざまな文献に当たりますので、必然的に、短時間でより多くの情報を得ようとします。速読が、習いになっているのです。しかしそのテンポが、詩によってまず、拒否される。たとえば標記の詩は、次のように始まっています。

庭の小さな白梅のつぼみが
ゆっくりと静かにふくらむと、
日の光が春の影をやどしはじめる。

つまり、詩の中に独自のゆったりした時間があり、それに身を任せて言葉を味わい、ファンタジーをめぐらすことなしには、進んでゆくことができないのです。これは、私のようなせっかち人間には、とてもよい切り替えであり、修養です。

詩を読むことは、散文を読むのとは異なるひとつの時間体験であることがわかり、詩がぐっと身近になりました。だから、歌曲になり、合唱曲になるわけですね。とてもよい詩集です。

感動の続編2013年11月22日 10時03分21秒

『続・氷点』を、絶大な感動をもって読み終えました。

本編に一定の違和感を感じたと述べましたが、続編に入ると、それはどんどん解消されていきました。文体や構想に慣れた、というのもありますが、文章が本編より明らかに良くなっていると思う。書きながら、著者は成長されていったのではないでしょうか。

ともかく、真剣さが並々でない。これは世代もあるなあ、と思いますね。現代では求めるべくもないような真剣さ、そして熱烈さ。旭川を中心に、北海道が舞台となっているので、この8月に訪れたことが感情移入に役立ちました。旭川の記念館に行っておくのでした。

ぐーっと引き入れられて読んでいて、一気に涙のあふれた部分があります。それは、天真爛漫に見える少女、順子が生い立ちの苦しみを告白した手紙の中の、「キリストの贖罪を知り、それから本当に明るくなった」というくだりです。こう書くと、礒山もついにそっちか、と思われるかも知れませんが、そうではないつもりです。この記述に著者が思いを賭けていて、その意味するところを私が理解した、ということです。

さらに読み進めるうち、あっと驚く部分が、もうひとつ。それは、主人公の敬造が勇を鼓して教会を訪れる場面で、そこで朗読され、牧師によって説教される聖書箇所が、ルカ福音書の「ファイサイ人と徴税人」のくだりだったことです。この説話は私の一番好きなもので、バッハのカンタータ第179番《心せよ、神を畏れることが偽善とならぬように》の下敷きになっています。〈憐れんでください〉のソプラノ・アリアを導き出すバッハの音楽付けはすごいです。

「くにたちiBACHコレギウム」でも演奏したこのカンタータ、ちょうど来月の大阪音大での講義でも取り上げることにしており、いいネタができました。敬造が教会に到達すること、エンディングが冬の網走における陽子の神体験になっていることなど、キリスト教色が濃厚な小説ですが、宗教宗派の問題にとらわれず、その中味を読んでいただけるといいのではないかと思います。

『氷点』に挑戦2013年11月20日 05時51分53秒

このカテゴリに書くことが多いのは、専門外で気楽だからです。コンサートの感想は責任上正確を要するので、書いたり、書かなかったり。新聞批評は今月、ペライアとムーティをやりました。それは紙面でご覧ください。

女性作家の小説探訪、三浦綾子さんに挑戦してみました。もちろん『氷点』です。

読み始めての最初の思いは、文章がこなれていないなあということと(偉そうにすみません)、設定がどぎついなあということ。極限状況を設定してその力で引っ張るというのは、しばしば行われて効果を上げますが、文学の手法としてはどうかなあという思いが以前からあります。すばらしく描かれている「陽子」という主人公があまりにも気の毒な流れになるので、ちょっとたまりません。

と思いつつもその迫力に吞まれて読了し、いま、続編に入っています。人間の「罪」を掘り下げる問題意識には、全面的に共感。「罪」という考え方がわからない、違和感がある、とよく言われますが、「内なる悪」ととれば、ほとんどの人が思い当たることではないでしょうか。どこまでそれと向き合うかは、メンタリティにおける宗教性の問題なので、千差万別でしょうが。

間違いないことは、バッハの宗教声楽曲の演奏において、「罪」への理解と体感が死活的に重要だ、ということです。世の中には悪いやつが多い、と外に心を向けながら「キリエ・エレイソン」というわけにはいきません。

そのことをますます考えるようになっている昨今ですが、メンタルヘルスの分野では違うのですね。過度に自分と向き合い、自分を責める傾向にある人は鬱になりやすいので、そういう意識から離れることが重要だ、と。この違いをどうとらえるべきか、まだ考えがまとまりません。

車内で笑う2013年11月12日 10時18分01秒

移動時間が連日あるので、文庫本は必携。相変わらず、篠田節子を読んでいます。ただ、店頭にあるものが限られており、未読のものを入手するには、ある程度探さなくてはなりません。圧倒的な筆力の持ち主なので、もっと読まれていいのに、と思っています。

『神鳥--イビス』も迫力満点でしたが、『讃歌』には考えさせられました。なぜなら、挫折の後ひっそりと活動していた元天才弦楽器奏者が注目され、彼女を主人公にしたテレビ番組が全国的な感動を呼んで一躍スターになる、という、われわれの世界でいかにもありそうなストーリーだからです。しかし彼女がブレイクするのは、小説の、まだ始めの方。以下続くのは、一歩ずつ明らかになる、隠れた真実です。

とても面白く、参考にもなりました。ただ、全体を考察し意味づける最後のあたりは、その世界を本当に知らないと突き詰められない部分で、取材では限界があるとも思いました。

少し著者を広げなければと思い、新しい(←自分にとって)女性作家2人に照準を定めました。ひとりは佐藤愛子さんです。とりあえず『お徳用 愛子の詰め合わせ』という文春文庫を選び、読み始めました。このエッセイ集が、じつに面白いのです。

私はユーモアを好むことにおいては人後に落ちないのですが、どんなに面白いなあと思っても頭でそう思うだけで、表情は変わりません。無表情で読んでいます。ですから、テレビでタレントが手を叩きながら相互爆笑しているのを見ると、これってなんなの、と思ってしまいます。ところが、佐藤さんの本には、まだ始めの方なのに、南武線の中で思わず2回、吹きだしてしまいました。じつに上質のユーモアです。

密度高い流行歌史2013年10月12日 10時13分00秒

私がプロデュースするコンサートでもっともお客様が涙を流される確率の高いもの。それは流行歌のコンサートです。いま一本企画しているので、勉強のため塩澤実信著『昭和の流行歌物語』(展望社)という本を読みました。とてもいい本でした。

年を追い、はやった歌を歌詞を添えて紹介しながら、その変化を世相をからめて展望していくという、正統的な音楽文化史のスタイルです。記述に無駄がなく、多くの情報が整理して盛り込まれていて、とても読みやすい。いかなる歌か、いかなる歌唱かはほとんど1つの形容詞で語られるのですが、その選択が正鵠を射ていて、しかも潤いに満ちているのです。ひとつの、みごとな昭和史です。

著者の力量をひしひしと感じ、読後リサーチしてみると、出版界の大御所、長野県出身でいらっしゃるのですね。たいへん勉強させていただきました。

古い流行歌・歌謡曲はたくさん知っているつもりでしたが、知らない大事な歌がどれぐらいあるか、またそれらがいかに忘れられてしまったか、ということもよくわかりました。私が好きな昭和20年代の歌謡曲も、今の若い人が聴けば、古色蒼然に響くのでしょうね。

私がクラシックの人間だからでしょうか、古い歌が音楽的にしっかりしていること、それを歌う歌手の力量の高さに驚くことしきりです。たとえば近江俊郎の音量を控え、レガートで繊細に歌うテノールを聴くと、ジーリやスキーパとのつながりを感じるほどです。

やはりオリジナルがいいという思いから、ネットに乗っているSPの復刻を深夜聴いていますが、どうしても涙が流れるという心理は何でしょう。クラシックの分野に関しては「昔懐かし」という感情が起こらない私なのに流行歌で完全にそうなるというのは、やはりこの分野が、時間の詠嘆に根ざしているからかもしれません。

「おすすめ商品」2013年09月20日 11時07分46秒

このたび、アマゾンから初めて書籍を購入しました。どうしたものか、本とCDは現物で選びたいという気持ちが抜けず、一度も利用したことがなかったのです。購入したのは、白水社から出ている海老澤敏・高橋英郎訳編の『モーツァルト書簡全集』全6巻のうち、唯一もっていなかった第5巻です。

さっそく読んでいますが、本当にすばらしい訳業ですね。海老澤先生は長いこと私の上司で、どのぐらいご多忙だったかをよく存じていますので、こうした手間のかかる困難なお仕事をその間にされたのは超人的です。学者の条件は勤勉だと、つくづく思います。ともあれ、私が初めてアマゾンを利用したこと、買ったのがモーツァルトの本であったことをご記憶ください。

しばらくして、アマゾンから、「おすすめ商品」というメールが届きました。読んで私は、寒気がするぐらい驚いた。なぜならそこには、バッハの無伴奏チェロ組曲のCDが、ずらりと並んでいたからです。

こうしたメールが来るからには、アマゾンは、私が無伴奏チェロ組曲のCDを必要としていることを知っていたわけですよね。どこから知ったのでしょうか。ここにもまだ書いていないはずですし・・・考えられるとすると、NHKに提出する事前予告がどこかに出るらしいので、それを見て担当者がアレンジした、ということでしょうか。そこまでリサーチして商売しているのであればすごいことだなあ、と思います。

ただ「時すでに遅し」で、私はCDをタワーレコードで買い集め、編成して、すでに録音に入っていました。放送は10月の7~10日ですので、またご案内します。

ピーター・ウィスペルウェイというオランダの奏者がヴェルサイユ・ピッチ(バロック・ピッチよりさらに半音低い)で録音した無伴奏は面白いですね。おまけにDVDがついていて、とても勉強になります。

ドイツで勉強するならこの本を!2013年08月09日 22時32分43秒

6月の旅行の、ツアー最終日。ライプツィヒのホテルから空港行きのバスに乗り込んだ一行を、とても親切な日本人が、ガイドとしてサポートしてくれました。私のこともよくご存じということで、一行を見送ってからもしばらく、話が弾みました。

この方は市川克明さんとおっしゃり、ハレに滞在して、ホルンの演奏と音楽の研究をなさっているとか。そのさい話に伺っていたご著作『音楽のためのドイツ語事典』(オンキョウパブリッシュ)を送っていただき、拝見したところとてもいい本なので、ここでご紹介します。

音楽の勉強にドイツに行くとき、語学学校で会話を勉強することは、ほとんどの人がやると思います。しかし、日常会話には音楽用語が出てきませんから、それを覚えるまでがたいへんですよね。聞いてわからず、言うに言えず、という状態が、当分続くことになります。

そんな経験をご自分もされた市川さんが、楽典、楽器、音楽史に及ぶさまざまな項目に対して、ドイツ語と日本語の相互対照表を作ったのが、この本です。楽器や楽譜には図解があり、カタカナとアクセントの読み方も載っていて、じつにわかりやすく編集されています。アドバイスの文章、もったいないほど豊富な写真にも、市川さんのお人柄と熱意がよく感じられます。

たいへんな労力を費やした本だと思います。あまり知られていないのはもったいないので、ご推薦申し上げます。この内容で2,000円は、安いと思いますよ。

ドイツにお供した3冊2013年07月30日 09時28分27秒

成田空港の本屋さんで文庫本を3冊買って、飛行機に乗りました。マキアベリの『君主論』、ドストエフスキーの『貧しき人々』、猪瀬直樹さんの『唱歌誕生』です。『君主論』を読むのは初めてでたいへん興味深かったですが、猪瀬さんの本にもとても感心したので、ひとこと。

都知事の猪瀬さんに明治の音楽史に触れあう本があるとは、知りませんでした。過去にNHK出版と文春から出て、今回、中公文庫で新装発売になったもののようです。読んでみると多くの文献を用い、現地取材も行われている力作で、びっくりしました。

詩人高野辰之、音楽家岡野貞一の2人に焦点を当て、島崎藤村などもさかんに登場させながら、時代の中で唱歌がいかに生み出されたかを描いてゆく。豊富な語彙といい潤いのある文章といい、また卓越した構想力といい、作家の筆力を随所に感じさせます。個々の論点に関してはおそらく専門的な異論もあることでしょうが、その議論は学会の若い方々におまかせするとして、私はテレビの画面ではわからない猪瀬さんの奥の深さ、とりわけ感受性の豊かさに感心しました。