国際色横溢のコンクール&フェスタ2017年05月27日 09時07分11秒

ナビゲーターの仕事を終えたあと、20日(土)は大阪国際室内楽「コンクール」の本選を、21日は大阪国際室内楽「フェスタ」のセミファイナルを見物しました。

外国のすでにして高いレベルをもつ団体が次々と登場すると、いかにも国際コンクールだなあ、という実感が。弦楽四重奏曲の部では3団体がベートーヴェン、シューベルトの大曲を全曲弾きましたが、休憩もその都度置かれて、コンクールには珍しい、ゆったりした雰囲気があります。

こちらではアメリカの3団体が決勝に残っていて、トップ争い。後半は木管五重奏、金管五重奏、サクソフォン四重奏の部となり、フランス3、ドイツ1の対決になっていました。審査をしないと本当に気楽に聴くことができます。審査員の先生方は、長時間、本当にお疲れさまです。

「コンクール」はこのように正統派なのですが、「フェスタ」が独特で、面白いと思いました。2~6名であれば、編成自由、領域自由、年齢制限も国別制限もなし、民族音楽も可、という自由度の高さなのですね。しかもそれを、一般公募の審査員が、130人ぐらいで審査する。どんな進行になるのか、興味津々でした。

それでわかったのは、この「フェスタ」、一芸に自信のある人たちが世界から集まって、聴かせる、見せるの、じつに楽しいステージを展開するということです。セミ・ファイナルは2団体ごとに演奏→投票を3回繰り返し、3団体がファイナルに進むというシステムでした。ちょうと国会のように、審査員の皆さんがぐるぐる歩きながら投票し、休憩後即発表される。これも緊張が途切れないので、いいやり方です。

いつも審査員の側にいる私としては、そうなるとどういう判定になるのかに興味をもっていました。結果はまことに順当なものでしたが、どの比較でも結果がつねに7対5になったのが、価値観の多様性を反映して、面白いと思いました。

次は3年後です。きわめてユニークな楽しめるコンクールですから、皆さんに一訪をお薦めします。

コンテストで気づいたこと2017年01月30日 07時25分50秒

コメントに激励をくださった方々、感謝です。1月が思った以上に過密スケジュールになりましたが、日曜日に合唱コンクールを乗り切ったことで、ペースを取り戻せそうです。

正確には、コンクールでなく、「コンテスト」。20名以内、ピアノなしという室内編成が条件です。出演者にとってはいい勉強になるでしょうし、私自身にとってもありがたい形です。

始まるとコメントを書きまくりになるわけですが、その過程で、程度の差こそあれかなりのアンサンブルに共通の、一つのことを認識しました。

それは、ソプラノが和声作りに参加していない、ということです。ソプラノは指揮者に向けて一心に旋律を歌い、和声は下の声部にまかされる、という形に、多くのアンサンブルがなっているのですね。

でもそれでは、本当の和音は響きません。ソプラノが和音を聴き、自らもその担い手となって、旋律を歌っていなければならないのです。それだけで、和声はずっと生きてくる。先日ご紹介したザ・シックスティーンなど、いいお手本です。

埼玉県スタッフの配慮行き届いた(←すごい)サポートの中で、ハイテンションで1日を過ごします。すると帰路は、気持ちの興奮と身体の疲労が同居する状況になるのですね。家に帰るのも面倒になってしまいましたが、どうせならどこか新しいところで夕食を食べようと思い、東北本線を京浜東北に乗り換えて、川口で下車しました。

私は昔蓮田と大宮に住んでいましたので、京浜東北沿線は気持ち、縄張り。でも川口はまったく久しぶりで、予想どおり、全然違っていました。食べ物屋には困らないところと観察しましたが、食事は「千吉」のカレーうどん、辛口・ご飯付きを選択。食後感が、じつに爽快でした。今日から、新しい気持ちでやります。

格別の解放感2016年09月05日 09時26分14秒

仕事が集中している、この夏の終わり。前半のピークが過ぎたところです。

緊張と負担感の由来は、いつものごとく、合唱コンクールでした。今年は、埼玉県大会が昨日にかけて、土・日・日の3日間組まれていました。

その審査がたいへんなことは折にふれて述べていますが、もう一度強調させてください(笑)。開始が午前10時。表彰式の終わるのが、たとえば昨日は20時35分(演奏終了は19時13分)でした。その間、わずかの休憩を挟みながら、1団体数分の間に、演奏へのコメントやアドバイスを書き綴ってゆく。同時に採点をしつつ、順位を考えます。埼玉県のように参加数が多く実力伯仲が何団体も、というところでは、1秒もゆるがせにできない作業が続きます。

加えて、耳の疲労があるのですね。高い周波数を聴き続けるうちに耳が飽和してきて、聴覚の弾力が失われてしまうのです。この段階で大激戦が起こると、実感として、お手上げです。

それだけに、終わったときの解放感は大きい。ただしその前提は、後悔とか、罪の意識とかとの差し引きです。ある程度プラスになればいいのですが、マイナスになったら目も当てられません。

後悔や罪の意識は今年もありました。しかし疲労感も解放感も、かつてなく大きいと感じたのが今回でした。理想にはとても及びませんが、勉強の機会をいただいてきたおかげで、ある程度わかってきたかな、という気がしているのです。同時に、先生方との協力で進める審査の場合には、自分の価値観をブレずに貫き、そこで責任を取るのが最上、いろいろな配慮から修正しても結局いいことはない、という確信ももちました。当たり前と思われるかと思いますが、これは案外、困難なことなのです。

いろいろな団体をご紹介するゆとりはありませんので、とても感心し勉強になったことを一つだけ。

クール・ヴァン・ヴェールという女声合唱団がありますが、この団体はいつも、和声いのち、という演奏をされます。今年は自由曲にミクローシュの《サルヴェ・レジーナ》を歌われましたが、要所に出てくる不協和音をじつに美しく表現されることに感嘆しました。たとえばド・レ・ミが同時に鳴っている和音がフレーズの終わりにあるとしますね。普通はそれぞれの音程を正しく取ることが先決になりますが、この合唱団は、どうです、この和音美しいでしょう、と、耽溺するかのように立ち止まるのです。その集積として、なんとも甘美なマリア像が出現しました。

大人と子供2016年03月28日 07時30分35秒

声楽アンサンブル・コンテストの3日目、20日(日)は、一般部門。大学職場一般37団体の後に、小学校・ジュニア部門が5団体が置かれていました。併せて採点するのです。

迫力満点だった高校の部に比べると、一般の部はやや落ち着いて、熟したアンサンブルがインドネシア、フィリピンの団体をも交えて、味わいもさまざまに展開されました。つまるところ採点も比較的割れたのが、この日でした。

時計は回り、小学校の部が開始されたのが、17時27分。オトナの団体が熱戦を繰り広げた後に子供たちではいかにも気の毒、という思いで臨みました。

ところが。5団体が5団体ともめざましい合唱で、疲れを一気に吹き飛ばしてしまったのです。同じ基準で採点するのはどうかなと思っていましたが、それどころではありません。とくに福井市明新小学校が指揮者なしで(!)、4声曲を含む達意のアンサンブルを繰り広げたさまは壮観というほかはなく、あっけにとられたというところです(本選でも審査員特別賞を受賞)。これなら、最後に置かれていたことにも意味があります。

21日(月)、バッハの誕生日に、勝ち抜いた15団体による本選が行われ、福島県の合唱文化の高さ、厚み、広がりを立証する形で、コンテストの幕が閉じられました。おもてなしもいただき、高揚もしていましたので、疲れを感じる暇もない4日間でした。話題に事欠かない福島県ですが、行政・教育も一体となった音楽のパワーこそ、復興のシンボルであると思います。それにしても、これほどとは。

切磋琢磨2016年03月26日 10時46分29秒

19日(土)は、高等学校部門。表彰式の講評を依頼されたこともあり、この日が自分として勝負だと思っていました。

「声楽アンサンブルコンテスト」の合唱コンクールと異なる特色は、小編成に限定されていることです。メンバーは最少2名、最多16名。このため、指揮者なしで出場するグループがかなりあります。その多くが傾聴に値する音楽をしていたのは、聴き合いながら自分たちで作っていくという、クリエイティヴなスタンスを持たざるを得ないからでしょう。

その長所を最大限発揮していると思われたのが、日本大学東北高校と、郡山高校。どちらも誠実に心を込めたアンサンブルで、とくに前者のパレストリーナは、じーんと心に伝わってきました(特に本選)。

私として嬉しかったのは、音楽史上の名曲がずいぶん取り上げられ、マスゲーム風のプレゼンテーションが少なかったことです。モンテヴェルディ、バッハ、ハイドン、モーツァルトなども出てきました。それらが明らかに前日を上回る激戦を展開する中で、シュッツの《ムジカーリッシェ・エクセークヴィエン》(音楽の葬儀)を取り上げた高校がありました(福島東高校)。

その演奏が始まったとたんに私は電撃に打たれたような思いがして、涙が止まらなくなってしまいました。音楽は簡素そのもの、しかしそこに無限の思いがこもっていてるのですね。短調で始まったフレーズが長和音に終止する「ピカルディ終止」がひんぱんにあらわれるのがシュッツの特徴ですが、そこにつねに、安らぎと希望の実感があるのです。

こういう探究が高校教育の場で行われているのはすごいなあと、感嘆しきりの私でした。3つの高校のみ今日は紹介しましたが、いずれも、福島県の音楽文化の一端。切磋琢磨しながら、どんどん盛り上がっているように見えます。

悲愴感2016年03月24日 08時41分58秒

18日(金)は、中学校部門。全国から43校が出場し、覇を競いました。

会場となった福島市音楽堂は、とても音響効果のいいところ。残響があります。お客様のまだ少ない時には、その残響がきわめて豊かです。

恐れていた「伯仲」を実感しつつ審査に入った私ですが、まもなく、この残響は大敵であることに気づきました。「伯仲」になんとか濃淡をつけようとしているのに、残響が、すべてを美しくくるんでしまうのです。いやこれはたいへんなことになった、なぜこの場に来てしまったのかと、わが身を呪う心境に陥った私でした。

うなだれつつ休憩の部屋に行くと、指揮者を中心とした審査員の先生方が盛り上がり、「レベルが高くて楽しいですねえ」と言っておられます。悲愴感漂っているのは私だけで、皆さん、伯仲のシチュエーションを楽しんでおられるようなのです。これでは、ますますうなだれざるを得ません。

しかし、そうした中からもひときわ立派に響いてくる演奏があるのですね。そこに注目することで、まずまずの結果は出せたのではないかと思います。1つだけご紹介すると、器楽も声楽も盛んという地域の特性を生かし、自前の小オーケストラとともにラインベルガーの《スターバト・マーテル》を取り上げた郡山第五中学校。深い響きでまとまった感動的な演奏で、この日の1位のみならず、全体のグランプリを獲得しました。中学生、すごいです。

難関2016年03月22日 07時17分48秒

18日(金)から連休末の21日(月)まで福島で催される「声楽アンサンブルコンテスト全国大会」の審査を、お引き受けしていました。これが今月の大難関で、迫るにつれプレッシャーが増大。「できるならこの杯を過ぎ去らせてください」という言葉はこういうときのためにあるのだな、という心境でした。

なぜかというと・・・。4日間連続して40団体ぐらいずつ審査をし講評を書くという負担に耐えられるか、という不安がありました。加えて、いずれ劣らぬアンサンブルが次々と登場するこのコンテストの審査は日本一むずかしい、という情報を仕入れていました。全日本合唱コンクールの審査もプレッシャーでしたが、これは2日で終わる。4日となるとどうなるのか、年も年ですので、心配でなりませんでした。

まあしかし、日にちはやってきます。最終的な心境は、とにかくベストを尽くそう、それで自分の納得できる審査ができなければこれを絶対最後にしよう、というものでした。17日(木)は早朝に起きて急ぎの仕事をいくつか片付け、審査委員会とレセプションの待つ福島へ。 なにしろ4泊ですから、珍しく洋服ケースを持参しました。

車中うとうとし、目覚めると武蔵野線の電車は、乗換駅の武蔵浦和で停車しています。あっと思い、あわてて下車。少し歩いたところで気づきました。洋服ケースを網棚に忘れてきたのです。

これでテンションが、いちだんと降下。とにかく行ってしまうか、あくまで洋服ケースを奪還するか、しばらく迷いましたが、奪還を優先することに。幸い駅員さんが親切に対応してくださり、吉川美南という駅で取り戻すことができました。網棚事件は、たしか三度目です。

レセプションで私の着いたテーブルには、副知事、市長、県会議長、教育長といった方々が勢揃いしておられ、歓迎モード全開で日本酒(←金賞の銘柄数がダントツとのこと)を勧めてくださいます。お酒のありがたさで、酔いが回るとともに不安が薄れていきました。(続く)

重圧の長崎(3)--その第2日2015年11月25日 22時53分32秒

第1日の審査が終わったところで、体温を測ってみました。すると、38℃なのですね。案外、ある。そこで夕食会は欠席させていただき、豚骨ラーメン(←好きでない)をさっと食べて、ホテルで休みました。

ゆっくりしたので、朝の気分は悪くありません。顔つきも昨日とはまったく違うとのことで、何とか完遂できそうだと予測し、同声合唱・混声合唱の審査に臨みました。

20名から80名ぐらいの団体が続く中で、128名という巨大な女声合唱団が出てきました。HIKARI BRILLANTE、愛知県です。大編成の合唱団は指揮者としてぜひ指揮してみたいものだそうですが、私はバッハが持ち場なので、大編成尊からず。響きが太くなるのはご勘弁願いたい、という気持ちがあります。

ところがこの団体は、指揮者雨森文也さんの耳の良さで、音がシャープに揃っている。アンサンブルも打てば響くごとしで、何より、128人全員が光り輝くような喜悦感をもって歌っている。これはまいった、1位!ということになりました(正式結果では2位)。いつぞや知立で見た創作オペラを思い出しましたが、この生き生き感は、中京のメンタリティとも、かかわっているのでしょうか。

いくつもの男声合唱を擁してレベルの高かった同声が終わり、混声に入ると、激戦は最高潮に。千葉県代表のVOCE ARMONICAが鉄壁の合唱を聴かせ、「ここまでやられては後が・・」と思っていたら、次に出てきた佐賀県代表のMODOKIという合唱団が、正反対のやわらかなタッチで、心潤す、愛のある合唱。私は涙が止まらなくなってしまい、これを1位とさせていただきました(結果1位)。自由曲は、三善晃先生の《嫁ぐ娘に》から。やはり、曲の良さも大きいと思うのですね。コンクール向けありありの曲には、結局感動できません。

講評には原稿を用意して臨み、座談会も、専門的なことは清水敬一さんにお助けいただきながらですが、なんとか完遂することができました。

重圧の長崎(2)--その第1日2015年11月25日 11時26分28秒

今年は、県大会を埼玉で、支部大会を鳥取で、全国大会を長崎でと、合唱コンクールの3段階をすべて経験させていただきました。県を勝ち抜いた団体が支部へ、支部を勝ち抜いた団体が全国へとなるわけですから、審査はしだいに困難になる。次から次へと上手な団体に出てこられては、頭をかかえてしまいます。

大方の関心はどこが1位になるか、ということでしょうが、その陰で必ず生まれるのが、最下位の団体です。1位になれば、ガッツポーズ。しかし最下位になれば失望は大きいでしょうし、納得がいかないことも多いかと思います。自分がその立場だったら、腹を立てるかもしれません。なぜならその団体は、支部大会を制して出場してきているからです。

県大会なら、平和な最下位というのはあり得ます。初めて出てみました、腕を磨くのはこれからです、というような場合です。しかし上の大会になると、すべての団体が並々ならぬ競争力をもっています。ですから、フィギュアスケートなどと同じで、後続団体が上に入ってくるうち、最下位はいつしか「生まれる」。全国大会ともなると、審査員Aは最下位だが審査員Bは1位、ということも、恒常的に起こってきます。審査員の心理としてはこういう形にはまることはけっして嬉しくないのですが、多様な価値をすくい上げるという趣旨からすれば、あっておかしくないことだと思います。

そこまで考えてしまうともう採点できませんから、自分なりに音楽本位を心がけて採点しました。1日目の大学ユースの部と室内合唱の部は、どちらも私の1位と全体の1位が合致しましたので、その点は一安心。大学ユースの部では都留文科大学がバーバーの《アニュス・デイ》(=弦楽のためのアダージョ)を驚くべき精度と持続力で演奏し、室内合唱の部では、女声合唱団ソレイユ(佐賀)が表情豊かな大柄の合唱で、栄冠を獲得しました。佐賀県って、合唱王国なんですね!2日間を通じて、佐賀県の存在感が際立った印象です。私独自の採点としては、メンデルスゾーン・プログラムを内容本位に掘り下げて演奏した新潟大学合唱団に、エールを送ります。

重圧の長崎(1)2015年11月24日 12時24分41秒

長崎から戻ってきました。大きな重荷を下ろした気分です。

先週体調が下降したのは、仕事が重なって休養を取れなかったことが原因ですが、長崎のイベントを控えているという心理的圧迫感にも一因があったことは否定できません。今年一番の重圧でした。恥をかくつもりで気楽にやれば、とささやく心の声もあるのですが、今までそういうやり方で仕事をしてきませんでしたし、それで結果がよくなるとは、もちろん思えません。

朝日カルチャー・レクチャーコンサート(木曜日夜)の「出演者の一時的体調不良」による延期を、私の体調不良と思った方がおられるようですが、それは違います(それならそう書きます)。しかし、この延期がありがたかったことは確かで、まずまずのコンディションで長崎入りすることができました。

21日(土)が、全日本合唱コンクール全国大会(大学職場一般部門)の、第一日。起きてみると体温がちょうど37度あり、上がりそうな気配です。思い出したのははるか昔の、大学受験。二次試験日が、38度5分の発熱だったのです。しかしそのときは、余分な力が抜けて、かえってうまくいきました。今回もそうなればいいのですが、集中力に欠けたりしたらたいへんです。

大きなマスクをかけて会場のブリックホールへ。といっても、咳やくしゃみはまったく出ない風邪です。臨席に佐々木典子さんがおられ、ダナエすばらしかったですね、二期会もたいしたものだなあ、などという話で、少しリラックス。しかし翌最終日の講評に指名され、思わず「えっ」と大声を出してしまいました。ベテラン指揮者の先生がなさると思っていたからです。最終日は終了後『ハーモニー』という機関誌の対談も入っていて、すべての演奏に感想を述べなくてはなりません。

このようにして堀は埋まり、コンクールが始まりました。