答のない「聖女」考2017年02月18日 09時17分28秒

さて、三択の冒頭である「聖女」です。この概念は、あるいはマスコミの言うpolitical correctnessに抵触するのかもしれないですが、私の中では、輝きのあるものの一つです。

そこで、「聖女にもっとも近いと(私が)思う人は誰か」という三択問題を、当初考えました。しかし、これが難航。考えれば考えるほど、「聖女とは何か」という哲学的な問題が立ちはだかってきて、わけがわからなくなってしまうのです。わけがわからないのでは、実在を信ずるに至りませんよね。

でも会の方々はどう思うのだろう。興味をもった私は、「皆さんにとってもっとも聖女に近いと思われる人は誰か」という逆問を作り(「ずるい!」という声あり)、クイズに挿入しました。三択候補は有名人からと考えて、高峰秀子、吉永小百合、本田真凛としました。

しかしこれだと答が偏るかもしれないと思い、「吉永小百合」を「壇蜜」に変更。強いてキーワードを挙げると、高峰さんは求道者の要素、壇蜜さんは秘められた知性の要素、本田さんは天真爛漫の要素、ということになるでしょうか。

票は高峰さんに集まりましたが、本田真凛さんを知らない方が何人かおられたのにはびっくりしました。もはやスーパースターだと思っていましたが・・。

定義をしようとするからいけないので、イメージの問題だと割り切るべき、という意見もありそうです。そう思ったら、先般の《ヴェスプロ》で活躍しているグレース・デイヴィッドソンさんの姿が浮かんできました。なぜだろう。でもそれを分析しようとすると、定義に戻ってしまいます(笑)。

話題に便乗2016年05月27日 10時41分57秒

ここしばらく、テレビのスイッチを入れると同じ話題をやっていて、つい見入ってしまいます。「他人に厳しく自分に甘い」という論評に接して、かつてHPに書いたことを思い出しました。

他人と自分に対するスタンスは、理論上、4種類あります。1.自分に甘く、他人にも甘い。2.自分に甘く、他人には厳しい。3.自分に厳しく、他人には甘い。4.自分に厳しく、他人にも厳しい。--あるべきは、どの形でしょうか。

自分に甘く他人に甘いのでは、波風は立たないでしょうが、何も始まりません。自分には甘いのに他人に厳しいというのは、はた迷惑。クレーム魔やモンスターペアレントの話をよく聞きますが、このグループですよね。

自分に厳しいというのが、やはり基本だと思います。では、3と4ではどちらがいいでしょう。自分に厳しいのに他人に甘いという形は、人間関係という観点ではよさそうだし、周囲がもって範とすれば、いい結果をもたらすこともありそう。しかしこれは仙人の論理で、社会で責任を負っていくには不充分です。

ですので、自分に厳しく、他人にも厳しいというのが、本当は一番いいと思う。ただし条件があります。それは、自分に対する厳しさが、他人に対する厳しさを、それとわかるほど超えている、ということです。名将、名伯楽と言われるのは、こういう人だと思う。それなら人はついてゆきますから、事をなす人たちが育ってくる。歯切れのいい弁舌の徒にはつい引っ張られてしまいますが、つねに中味を見よ、ということでしょう。

コメンテーターの方々の論評と1つだけ違う私見がありますので、最後にそれを。知事になる前に、ファーストクラスで海外にゆく大臣を「さもしい根性」だと著作で罵倒していた、という話がありましたね。知事になって変わってしまったのだろうか、とコメントされていましたが、そうではないと思います。

本来この手の豪遊に、大きな関心をもっていた方なのです。想像ですが、うらやむ気持ちも並大抵でなかった。だから他人がすると許せないが、自分ならそれにふさわしいと思った、ということではないでしょうか。

国であれ、会社であれ、団体であれ、権力争いがあります。トップがワンマンであるとき、民主的な形態を求めて、立ち上がる人がいる。一歩も引かずに戦い、改革の旗手になっていきます。もちろんそうした人が待望されるシチュエーションはあるわけですが、こういう人は得てして、権力に強い関心を覚えている人です。したがって前任者に取って代わると、権力を分配して民主的にやろうとはせず、概して、自分自身に権力を集中させようとする。独裁者を倒した人はかなりの確率で独裁者になるというのが、私の長年の観察です。ファーストクラスの話と同じで、地位が人を変えたということではないと思います。

顧みる2016年03月17日 05時58分14秒

尊敬する指揮者のブルーノ・ワルターが、晩年の対談(映像)で「長いこと指揮をしてきたので、これからはじっくり自分を見つめてみたい」という趣旨のことを述べています。引退して自分を見つめるとはどういうことだろう??と、長らく疑問に思っていました。

今でもわかりませんが、それに近いことを案外自分がするようになっているのではないか、という気もします。わが身を観察して変化だなと思うのは、たとえば「今日1日でここまで片付けてしまおう」的なやり方ができなくなってきたこと。割にすぐ、まあいいや明日にしよう、と思ってしまうのです。

反面、仕事や出来事の一コマ一コマにその意味を考えたり、充実を見出したいという気持ちが強くなっています。小さな喜びでいいから、少しずつ見つけたいという願望が、仕事の場にしろ、会合にしろ、町を歩いているときにしろ、出てきているのです。

そんな風になっているところへ、知人が朝日新聞の「はがき通信」という欄の切り抜きを届けてくれました。《マタイ受難曲》初稿の放送を聴いてくださった秋田の方の、「音楽の深さ」という投稿です。大きな励みになりました。心より御礼申し上げます。

放送では、まだ予定ですがアーノンクールの足跡を振り返る番組をやりたいと思い、初期の録音を聴き直しています。昔は結構抵抗を感じていた当時の演奏が、いま聴くととてもいいのですね。そこで少ししみじみしたりするのも、自分を見つめることに入るのでしょうか。

古武士の風格2015年09月08日 10時50分30秒

6日(日)は、全日本合唱連盟中信支部の合唱練習にお邪魔して、バッハ《マニフィカト》の講義をしました。お世話くださった福澤真理(しんり)さん(中学以来の友人)が翌朝クルマで迎えにきてくださり、木曽福島へ。恩師、井口利夫先生にお会いするためです。

井口利夫先生は、以前読書コーナーでご紹介した『われら在満小国民』というすばらしい本の著者。私と福澤さんが信州大学附属中学の生徒だったときに、国語と社会を教えてくださった先生です。深い木曽谷を走る車中でわかったのは、教えていただいたのが1年生のとき1年だけであること、その時先生は臨時の任用で1年だけこの中学の教壇に立たれたということでした。不思議ですね、それではなぜ、先生の印象がかくも鮮明で、心に生き続けているのでしょうか。

中学1年が13歳であったとすると、15歳年上だった先生は、28歳。繊細で優雅、しかし情熱は胸にたぎる、という方だったと記憶しています。木曽福島に近づくにつれ、私は緊張してきました。なにしろ、56年ぶりの再会。別人のようになっておられ、見分けがつかなかったらどうしよう、などという心配が心をよぎりました。

谷の中腹、神社に接したお住まいにたどり着くと、先生が外で待っておられました。すらりと背筋が伸び、お元気であることは一目瞭然。しかし、端然とした一種厳しいイメージは、その後身につけられたものかもしれません。「古武士の風格」と申し上げましょう。

きれいに片付けられた和室にお邪魔し、正座される先生を前に、私も何十年ぶりかで正座。さて、いつまでもつか・・・。昔の思い出、その後の来歴、近年取り組まれている木曽学についてなど、話題は次々に広がり、先生の知的な探究心と、地域、人間、教育を考える真剣な姿勢に、私は足の痛さも忘れて聴き入りました・・・とはいかず、しびれが極致に達して、ついに正座を放棄。子供の頃、お寺だのなんだのでよく正座し、たいへんな思いをしていたことを思い出しました。

これが私より15歳も上の方だろうか・・・そう思わざるを得ないほど、先生は気力充実し、前を向いておられます。帰り道、当地の名所、山村代官屋敷を見学。先生は、当主山村蘇門が芸術に幅広く通じた人物で、善政を施したことを説明してくださいました。じつは、その山村家の末裔が、「まつもとバッハの会」の現会長をやっておられるのです。縁はつながるものですね。



右端は福澤真理さん。中学同学年ですから、私と同い年です(注釈が必要)。

失敗も勉強?2015年07月19日 20時22分45秒

いつもいつもこうした話題ではマンネリだと思うわけですが、「水戸黄門」と同じでそれが喜ばれるのだ、という声もなぜかある次第なので、失敗談をご報告します。

18日(土)の午前は、「たのくら」の例会。「悲しすぎるオペラ」(ディドとエネアス)の2回目です。早朝に目覚めてしまう利で準備は余裕で済ませ、タクシーを呼びました。自宅から会場まで、これが一番効率的なのです。

到着したタクシーに乗ろうとして、忘れ物に気づきました。スマホです。今日は一日外出、スマホは欠かせないと考えて、タクシーを待たせ、取りに戻りました。すみません、お待たせしました、というわけで、出発。

名所「さくら通り」を5分近く走ったところで、忘れ物に気づきました。今日配るレジュメを、プリンタのところに置いてきてしまったのです。このまま行ってレジュメなしでやるか、遅れを覚悟で戻るか迷ったのですが、やはりせっかく作ったレジュメはあったほうがいいと判断し、運転手さんにお願いして、Uターン。快く戻ってくださいました。

すみません、お待たせしました、というわけで、ふたたび出発。恐縮する私に、運転手さんの口から、信じられない言葉が。何と言ったかわかりますか。「二度あることは三度あると言いますよ!」と。返す言葉、なし。ともあれ、遅れますと会員にメールを打ち、幸いにも、2~3分の遅れで到着しました。

会長さんが心配そうに待っておられたのは、メールが読まれていなかったから。満員の会員を前に私は汗を拭きながら、事情を説明しました。すると、「三度目の正直、という言葉もありますよ」とおっしゃる方あり。たしかに、この2つのことわざの矛盾は、よく話題とされます。

そこで考えてみました。「三度目の正直」は、より良い目的に向かって行われた行為が残念ながら失敗し、ようやくの成功を期待させる言葉。「二度あることは三度ある」というのは、災いだの失敗だのがもう一度やってくるぞ、という警告。まったく違う意味合いの言葉で、この場合あてはまるのは、明らかに後者です。

「たのくら」はたいてい、その月のCD特選盤の紹介から始まります。私は今月の特選盤(まだ非公開)がいかにすばらしいかをとうとうと語り、時間をつないで、さあかけようとしたら・・・CDが入っていない(汗)。前日聴いたまま、プレーヤーに残してきてしまったようです。三度目が実現し、話のオチはつかないわ、皆様は残念がるわで、頭を下げっぱなしの例会になってしまいました。

さすがに災いは四度はなく、夕方の山本徹さんの無伴奏チェロ組曲は、彼の実力と人柄で、とても気持ちの良いコンサートとなりました。しかし、失敗も勉強だと思っているのにつねに同じようなことが起こるということは、もうそれが私の人格だ、ということなのかもしれませんね。

透明感2015年04月24日 05時02分16秒

23日(木)、早稲田大学エクステンション・センター(中野校)に出講し、今年度の流れがだいたいつかめました。

中野駅の北口から西に行くと、駅前の印象とは異なり、再開発地域が開けてくるのですね。その一角にある中野校は、堂々とした建物といい教室の設備といいとても立派で、さすが大早稲田、という感じです。

自筆資料のさまざまをお見せしてバッハの仕事場を覗いていただくというのが第1回の課題でしたが、一区切りしてご質問を募ったところ、「あなたはNHKFMに出ておられる方と同一人物ですか」と尋ねられてびっくり。「そうです」としか答えられませんでした(笑)。

ところで、私は自分が最近、透明になってきたような気がするのです。世間が透明に見えてきた、という言っても良さそう。自分に都合良く考えれば、人生のステップをひとつ登ったとも思えますが、晩年の特徴として、世に広くあるものかもしれません。あるいは、何らかの肉体上の変化というものがあって、一時的に、そういう気分が生まれているとも考えられます。

で思うことは、モーツァルトの後期にあるあの曰く言いがたい透明感はこれと同質のものではないか、ということなのです。本当にそうかどうかは、わかりません。しばらく観察してみたいと思います。

芸術家の人格2015年02月19日 23時16分04秒

芸術は接する人に夢や感動を与えますから、人はつい、芸術家を理想的な人物、時には神に近いもののように考えてしまいます。私生活がそれとかけ離れていたりすると、裏切られたように感じる。でも、それは違います。

神様は、芸術を必要としません。芸術は、問題を抱え、渇きを覚えた足らざる人間が、高みをめざして生み出すものなのです。この「高みをめざす」というところが重要です。身の丈に安住しているのでは、創造はおぼつきません。

その原動力を、芸術家は、内面を見つめるまなざしから生み出します。問題意識に富む芸術は、深い内省から生み出される。自分を省みず他人をあげつらう姿勢から生まれるものは、少なくとも芸術ではないでしょう。

ワーグナーは、強い自省の一面をもっていました。そう思われにくいかもしれませんが、私はそう確信しています。彼の作品の主人公たちが苦悩の人、罪の人であり、救済を求めていることが、そのことを示唆しています。彼らはみな、ワーグナーの分身なのです。

ワーグナーが自己中心的であったのは、間違いないことでしょう。しかし大きな仕事をする人が自己中心的であることは、許容されるべきだと思います。まさにその成果が、作品群であるからです。ワーグナーが遠慮深く人に道を譲る人であったなら、われわれにバイロイト祝祭劇場が遺されることはなかったでしょうし、作品の初演さえ、おぼつかなかったかもしれません。

ワーグナーは、たくさんの敵を生み出しました。しかし、みんなに嫌われていたというのは言い過ぎで、味方もたくさんいたのです。彼が女性関係に乱脈のきらいがあったことは否定できませんが、それは、彼の周囲に、心酔する熱烈な女性たちが、とぎれずに存在したことを物語っています。

ワーグナーがもし周辺にいたら、自分が許容できるかどうか、自信がありません。しかし上記のように考えるものですから、伝記に基づいて芸術家を裁くことは、したくないと思っています。

続・うかつな方のために2015年01月29日 01時01分36秒

慎重に日々を過ごしている、私。「一分の隙もない」と評された方が、複数あります。ほめられているとは思いませんが、慎重さの結果うかつさに不足するとすれば、やむを得ないことです。

水曜日は、会議の後オペラに行くことになっていました。こういう時にありがちなのは、会議の資料は持参したが、オペラのチケットは忘れてしまった、というケース。もちろん私のことですから、しっかり確認して持参しました。

ところが、新国立劇場に入場しようとしたところ、どこをどう探しても、チケットが見つからないのです。階段でバッグやポケットを必死で探している私の姿に気づいた方も、いらっしゃるかもしれません。

結局あきらめて、チケットを忘れたと申告(シャレではないですよ)。親切に再発行していただき、所定の座席に座ることができました。でも心臓に悪かったですね。チケット、会議場に置いてきたのかもしれません。

観たのは、《さまよえるオランダ人》です。スロースタートでしたが、第2幕の二重唱あたりから急激に盛り上がりました。4人の外国人キャストにたいへん力があり、合唱も良かったです。最後は、ゼンタが幽霊船を操縦して自沈するという演出。それなりに納得する幕切れでした。・・・これって、マイナスをプラスに変えたことになるんでしょうか。

名前が出てこない!2014年06月11日 09時43分19秒

という経験、皆様お持ちですよね。私もそうなのですが、まだ、ひどいというほどではありません。不思議なのは、出てきにくい名前が決まっていて、それが親しさ、親密さとは関係がないように思えることです。いずれにしても、さまざまな文脈を通じて記憶に定着する一般名詞と比べて、固有名詞は記憶に負担をかけるもののようです。

いま述べたのは、特定の人に対してイメージも輪郭もはっきりしているが、名前だけが出てこない、という場合です。もうひとつのケースがある。それは、久しぶりに会った人がいて、なつかしい顔なのだが、名前が出てこない、という場合です。

この場合、しにくいけれどもなすべきことは、「お名前なんでしたっけ?」と尋ねることです。「○○です」と答えを聞くと、ああそうだ、と合点がゆき、その人にまつわる記憶や出来事がよみがえってくる。名前が出てこなければ、見たことのある顔だ、で終わりです。

どうやら人のイメージは、固有名詞という概念に司られて、記憶されているようなのです。名前を覚えているが顔を思い出せない、ということもたしかによくありますが、名前を覚えていれば、どんな人だったかの知識はある程度残っています。

顔を忘れやすいか名前を忘れやすいかには、個人差があるのかもしれません。私は、どちらかといえば顔を忘れやすいように思います。いずれにしろ、顔と名前が一致しなくなる状況が問題です。どういうことがどう進んでいつそういう状況に立ち至るのかが、気になります。

混んだ電車で2014年05月11日 21時30分08秒

夕方、混雑する南武線に乗っていたときのことです。優先席ではない3人掛け、すなわち車両の端で、私は奥に入り、つり革につかまりました。

私の隣に白髪の、しかしまだ元気な女性(70歳ぐらい?)が立ちました。すると中央の席の女性(30代後半?)が立って、どうぞ、と席を譲ります。感心感心。ところが譲られた女性は自分で座らず、連れの女性を座らせたのです。座ったのは40歳ぐらいのしっかりした体格の人で、二人は親子に見えました。

すると、左側の席の女性(20代後半?)が立って、まだ立ったままの母親(?)の方に「どうぞ」を席を譲りました。「そうですか」と、彼女は座ります。流れるようにことは進み、親子(?)はああよかったと、盛んにおしゃべりを始めました。

隣で見ていた私は、不愉快になった。真ん中の席の女性は、高齢の方に譲ったのであって、若い方に譲ったわけではないからです。左の席の女性も、白髪にまだ立っていられたのでは、譲らざるを得なくなったのでしょう。妙にスムーズなので、初めてとは思えない。私は、善意で譲った結果立つはめになった元真ん中の女性が気の毒で、これは何か言ったものかどうかと、しばらく考えました。結局、言えないのが私です(汗)。

さて、途中の駅で、私の前の席が空きました。私は立っている善意の女性に、「どうぞ」と声をかけました。一瞬驚いたようですが、私が声をかけた意味は伝わったようでした。しかしその方もそこで降りてゆかれたので、私が座りました。

私が声をかけた意味は、座ってしゃべっていた二人にも伝わったようです。なぜなら30秒ぐらい、おしゃべりが途絶えましたから。彼女たち、得をしたんでしょうかね。そうは思えません。いつか、借りを返す時が来るように思います。